Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “お正月”
 

 昔むかしのその昔。国生みの神様の慈悲から作られたというほどに、日之本、大和は神の国。そんなお国を治める帝は、畏かしこくも神の和子であり、祖は天照大神だ…ということになっているので。年が明けてのさても目出度いお正月を迎えるにあたり、八百よろずの色々、神様や精霊様へのご挨拶の儀式も多々あって。朝廷の行政機関の中に堂々と組み入れられし、神祗官という官職に携わっておいでの当家のお館様は、それこそがお勤めなのだからという、覆しようのない但し書きを突き付けられたのに加えて、上司にあたる武者小路様からのお迎えまで来ては逃げられず。朝も早よから、ぶつぶつ言いつつも宮中へと参内してゆき、昼に近い頃合いとなってようやくのご帰宅。
「仏教の方がもっと何かと気楽なんじゃねぇのかね。」
 何たって“来世”のためにある現世だって考え方の救済宗教だからの、善行を施しなさい、行いを正しなさいと、色々と前向きだしよ。それに引き換え、神道ってのは先祖への感謝ばっか唱えてて、どうも他力本願でいけねぇや、なんて。罰当たりなことを平然とお口になさるから困りもの。
「か、感謝の心は、人を尊くする大切なものだと。そういう原初の教えなのではありますまいか。」
 何しろ“神様”というのは、大元まで溯れば、人知の及ばぬ“自然”のことだ。宗教が“理
ことわり”という論旨や体系を包括しだし、思想哲学という分野に片足突っ込むどころか、人がまだ、なんで太陽が昇ったり沈んだりするのかさえ知らないでいた頃に出来たもの。どうにも歯が立たない恐ろしい代物だから、とりあえずは頭下げとけと奉ってきたものなだけに。(おいこら) 根拠が無いとか論証的に絵空事っぽいとか、合理主義者なお館様が攻撃なさるたび。書生の瀬那くんがどきどきと怯みながらも懸命に抗弁するという、面白い掛け合いが見られる今日この頃。

  “否定する訳にゃあ、いかんわなぁ。”

 何しろこのセナには、大好きで大切な、進という存在がいる。どういう系列のそれかは今もって不明だが、戦や武道関係の眷属であるらしい憑神で。よって、神道にかかわる事象もまた大事。セナへの忠誠を誓っている彼を否定するなんてとんでもないことと、そういう解釈になっているらしく。
“微妙に別物なんだろによ。”
 人間が勝手に思いつき、これまた勝手な方式で奉ってる小理屈や何やを馬鹿馬鹿しいと、揶揄しているだけなんだがのと。そこに居るものまでは否定しない蛭魔であること、何で気がつかねぇかねと。それを思えば、なるほど苦笑も止まらぬという主従が戻ったあばら家屋敷では、

  「くうちゃ〜ん?」

 おやおや? 賄い方のおばさまが、屋敷のあちこちをそんな声をかけつつ回っておいでなのが見受けられて。
「おばさん?」
 どうされましたか?と。公式参内用の礼服姿なまんまのセナが声をかければ、あらあら、もうそんな時刻ですかと驚かれてから、
「いえね。くうちゃんの姿がさっきから見えなくって。」
 お二人がお出掛けになるのを見送って、朝餉を食べて、さて。黒の侍従様も、お年始回りでお忙しいのか、今日はまだお越しではないようだしと、おばさまが くうちゃんのお相手をして下さっており。庫裏の囲炉裏端でほかほかと暖まりながら、どういう飾りか、お尻に下げたふかふかなお尻尾を振り振り、愛らしい紅絹のお手玉遊びやら、小さな扇を投げて遊ぶ“的当て”などなど。きゃっきゃとはしゃいで楽しんで過ごしていたというのにね。
「不意にそわそわと立ち上がると、囲炉裏端から駆け出して。そのままあっと言う間に姿が見えなくなりまして。」
 お館様やセナ様のように、霊感のお強い坊やだから、あたしには見えない、でも何か怖いものの気配に驚いたのかしらと。そんな風に案じておいでのおばさまだったが、

  「正月元旦からそれはあんめぇよ。」

 蛭魔がくすすと笑って見せる。神様は信じてないけれど、それでもね。
「ほんご近所の宮中で、そりゃあ丁寧な手順に則った祈祷や祝詞を、俺らが捧げて来たばっかだし。日頃は不信心な奴でも、困った時の何とやらですがるんだからと、顔つなぎくらいはしとかなきゃとでも思うのか。こんな日くらいはって拝む奴がやたらいるのが元旦だからの。」
 そんなお祈りの“気”や“念”が充満してるんだ。ややこしい悪や負の気配は、こりゃ堪らんとばかり、どこぞで逼塞してようさ。殊更に声高になって くつくつと嘲笑ったお館様だったのは、彼もまたその伝で来ないのか、蜥蜴の総帥様が朝の寝床から勝手にお暇していたから…だってことは、ここだけの話だが。
(笑)
「それじゃあ?」
「さての。」
 そっちの理屈へはそんな釈明も出来たけれど、じゃあどうして くうちゃんが…あの仔ギツネさんが飛び出してったかまでは、情報が足り無さ過ぎて、いくら彼でも解析は不可能。
「とりあえず。セナ、進を呼べ。」
「はいっ。」
 愛らしい礼服姿のセナが、そっと眸を伏せて何かしら念じると、

  「…主
あるじ。」

 すぐ傍ら、廻り回廊の欄干の向こうの庭先へ。いつの間に現れたのか、精悍な面差しの黒髪の青年が約一名。清楚に整った装束にて、片膝ついて控えており。そんな彼へと、
「頼めるか?」
 蛭魔が放ったのは何ともずぼらな一言だったが、そんな横柄な態度へも、特にムッともしないまま。小さく頷くと立ち上がった憑神様には、彼らの要望も既に承知していたらしく。回廊に沿うように進むこと、ほんの何間
なんけんもないくらいの先にて立ち止まると。次の棟の縁の下、そこを見下ろす進であるのへ、
「…成程の。」
 蛭魔がしょっぱそうな苦笑を浮かべ、それから、

  「くう、帰ったぞ。顔くらい見せんか。」

 少しほど大きめに声を張れば。ややあって、ごそごそがたがたという物音がそこから立ったすぐ後に、

  「…おやかまさま〜〜〜〜っ。」

 見たまんまの“這う這うの体”という恰好。小さなお手々と可愛らしいお膝を地についての四ツ這いで、埃まるけになって飛び出して来たのが、真ん丸なお顔の小さな坊や。あああ〜〜〜っと、セナや賄い方のおばさまが、ついのこととて悲鳴を上げかけたが、そんなことは一向に気にせず、金襴錦の礼服がどろどろになるのも厭わずに、泣きながら飛びついて来た小さな坊やを抱きとめてやり、
「どうしたよ。何か怖いのが来たってのか?」
「ん〜ん、ちやうの〜。」
 そうは言うが、涙に潤んだお目々や、えぐえぐとせぐり上げすぎて歪んだお顔は、いかにも怯えておりましたと言わんばかりの様相を呈していたし、

  「何かね? 何かが追っかけて来たの〜。」

 それが得体が知れなくて、怖かったらしい仔ギツネ坊や。金髪痩躯のお花のような姿と裏腹、それは頼りになる蛭魔や、屈強精悍、鋭い睥睨一つで下級邪妖ごとき消し飛ばせる葉柱がいないこともあり。必死であんなところに隠れていたらしく。

  「すまんかったの。
   年が変わったんで、どっかの結界が緩んでいたのだろうて。」

 今から張り直すから、そしたらそんなもんも入っては来れん。だから、もう大丈夫じゃと、よ〜しよしと殊更に笑顔を見せて宥めてやれば。小さなお指のその付け根にえくぼの並ぶ、小さなお手々で目元を拭い上げ、何とかこっくり、もう怖くないと頷いてくれた坊やだったのでありました。






          ◇



  「ほほぉ、そんな騒ぎがあったのか。」

 陽が沈んだ頃合いになって、ようやっと屋敷に姿を見せたは、黒の侍従こと蜥蜴一門の総帥こと葉柱で。
『誰がこりゃ堪らんとばかり、どこぞで逼塞してたって?』
 セナからでも聞いたのか、まずはと早速にも反駁して来て、
『俺らなりの新年の儀式ってのがあるんだよ。』
 まあ殆どの顔触れは、まだ冬眠中だがよ、と。確か先日も、大雨に大風という冬の嵐が襲来したため、祠周辺で冬籠もりしている仲間が心配になり、様子見にと出掛けてったことも記憶には新しく。
『無事だった、よかった〜。』
 心配症な頭目殿だの。だってよ。こういうの、何て言うんだっけ? ぬか喜びか? あほう、それも言うなら“取り越し苦労”だ…と。総帥殿にしちゃあ、この時期は、下働きもどきの奔走ぶりの日々になっているのへつい呆れ。自分を放っておくことへいちいち怒るのも馬鹿馬鹿しくなったと、思った矢先のこの騒動。
「けど、何に怯えたっていうんだろ。」
 言い聞かせた通り、屋敷内の結界はすべてきっちりと張り直したが“年度が変わったので効力がなくなった箇所があった”だなどと、そもそもそんな手落ちをする蛭魔である筈はなく。
「さあな。ただ、あの仔は“天狐”の眷属なのかも知れんから。関わりがあるとしたなら、そっちの筋からなんだが。」
「妖狐じゃあなく?」
「妖狐というのは猫又のようなもので、年経た野狐
やこが変化へんげしてなるものだ。あんな年少さんがそんなものであろう筈はなかろうよ。」
 懐ろへと掻い込んだ術師殿の、手触りのいい金の髪を梳きながら、そういうもんかねと今頃得心している葉柱へ、
「しっかりしろよな。お前だってあのチビさんの保護者なんだからよ。」
「おvv ということは、俺ら揃って くうの両親かよ♪」
 やに下がった相手へ、ふざけてる場合かと。間近になっていたおでこへぱっつんと、容赦のないデコピンを喰らわしてから。

  「考えてもみな。
   いつぞや、あの進を怖がりもせずに引っ張り出したチビさんが、
   打って変わってあの怯えようだったんだ。」

 夕餉のころにはすっかりとお元気が復活していて、蛭魔やセナのお膝に乗っかりに来たり、懐ろにもぐり込んで“好き好き〜vv”と頬擦りして甘えたりのし放題だったがよと付け足せば、

  “…羨ましい。”

 甘えたくうちゃんですか? 甘えられたお館様ですか?
(笑)
「天狐ともなりゃ、神様の使い。それが怖がるものって何だろうな。」
 そんな物騒なもんが出入りしてただなんて、気持ち悪いじゃねぇかと。こちらさんは珍しくも真摯な物思いに眉を寄せているんだってのに、
「まぁま。その後は何事もなかったんだろうがよ。」
「ああ。」
 だったらもう気に病むのはよせと、妙に楽天的なことを言う葉柱であり。何だかいつもとは逆じゃね?と、ようやく怪訝そうな顔になった蛭魔だったものの、

  「………お前。///////
  「あ、判っちゃった?」

 だって、蛭魔。暮れからこっち、指一本触るなって徹底して避けまくってたじゃんかよ。あれは…今日の儀式のためにと、それなりの“禊斎
けっさい”する必要があったからだ、馬鹿者っ!


 何がどう触れて“それ”と判ったことであったやら。真っ赤になった蛭魔を宥め賺して、首尾よく寝間へと連れ込んだ頃合いには。音もなくのさらさらと、細かい雪が舞い始めていた、京の都の冬の夜であったそうな。



   こんなシメですが、今年もどうぞよろしくですvv






  〜Fine〜 07.1.07.


  *今と昔では暦が違うとか、
   それより何より、そんな風習や何や、
   平安時代には ないとか何とか。
   そういう突っ込みはどうかご遠慮くださいませ。
(謝)
   突貫で書いたものであるその上に、
   神道って全然知らないまんまで書いてる無謀な奴ですゆえ…。

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